光りの風土記「十勝晴れ」
帯広 弘文堂 2023年12月2日〜17日
昭和初期に建てられた馬小屋は、馬耕の終了とともに牛舎となりサイロとミルクを冷やす場所が増築される。2018年春、その姿は静かに役目を終え十勝を代表する風景がまた一つ消えた。
マイナス31度の早朝、頂を赤く染める日高山脈。凍らない川との気温差で発生した水蒸気は、まだ陽の当たらない耕地を覆い、深い青のなかにある。放射冷却を体現できた貴重な朝だった。
馬に耕作機械を取り付け畑を耕す「馬耕」は、昭和40以降徐々に姿を消しトラクターに置き換わる。しかし、馬に魅せられた男衆は、今日も「輓曳(ばんえい)」に夢を託す。
ジャガイモを収穫した畑には、多少のイモが残ることがある。これを「野良イモ」といい、翌年の作物に悪さをする。未然に防止するには土を大きく掘り返し、イモを地表に露出させ凍結死させる「雪割り」という作業をする。写真は、そこに雪が降った状態。
防風林として植えられたカラ松林。ここにけあらしが吹き付け一方方向だけが樹氷となって成長する。白い雪原よりさらに白く輝く樹氷には、光りの反射ではなく透過による輝きがあるようだ。
十勝の沿岸部には、いくつかの湿原が存在する。ここ当縁湿原もその一つだが、人工物が一切入らず日高山脈が一望できるという点で、他の湿原と一線を画す。
ホロカヤントウ沼。冬になると岸辺の段差から滴る水が凍りつき氷柱に成長する。ワカサギ釣りに興じる人々を背に宝石でも発見したかのようにシャッターを切る。
冬の海跡湖ホロカヤントウ沼。積雪は、凍結時に波打っていた場所を残し吹き飛ばされ、風の造形として跡を残す。鏡面のように凍る沼との対比に風の道をみる。
全面結氷した雪の無い生花苗沼。氷は寒暖差による膨張と収縮を繰り返し、これに水位の変化が加わり亀裂が走る。そこに風雪などで湖岸の崖から崩れ落ちる土の塊や岩が、拍車をかける。
葉を落とした広葉樹から伸びる影は、暖かく優しい曲線の濃淡を雪原に描く。快晴に輝く日高山脈もどこなく誇らしげだ。
大津海岸トイトッキ浜。十勝の海岸で流木はめずらしいものではないが、これほど巨大な流木は見たことがない。高さは身の丈を優に超える。なお、流木は漁網を破損させるので、即、処分される。
年に数回、十勝でも猛烈な地吹雪が発生し風の通り道に吹きだまりを作ることがある。そのような日に沿岸部に行くと山岳部に見られる雪庇が現れる。オオワシは、単なる偶然。
湖に立つ枯れた立木に、この年、水位が高かった時に湖面上部で凍結した氷を冠し、順次水位を下げるにつれ凍結した湖面が置き去りになり層を成す。時の経過が可視化された自然の造形。
湖底に沈んだ有機物は、主に微生物の働きにより分解されメタンガスなどを発す。湖底から湧き上がるガスには逃げ場がなく、気泡のまま氷に封印される。その後次々と湧き上がるガスは、順次凍結していく氷に閉ざされ列をつくる。
厚さが50㎝を越えることもある糠平湖の氷。近年2月中旬ともなると温暖化の影響なのか、湖岸の沢に崩れ落ちる。2020年以降、冬が一ヶ月短くなったように感じる。
雪の野山を歩くと、ふと人の歩く姿や顔にみえる木々があり、何とも落ち着かない。このように感じてしまう現象をシミュラクラ現象というらしい。北欧では、顔をもつ歩く樹があるという。行かねば、
十勝の最深部、三国峠。上川と十勝の境に位置し、四季を通じ針葉樹と広葉樹が織り成す色彩のパノラマが眺望できる。冬、静まり返る森に静謐という色彩が加わる。
十勝を象徴する肥沃な黒い土「黒色土」。昨年は、小麦が植えられ夏には大きな実を結び大豊作だった。農業に従事すると、土に対する気持ちに変化が起きる。5億年の命が繋いでできた土は偉大だ。
エゾノリュウキンカ(蝦夷立金花)湿地などでよく見かける多年草で、フキの葉に似ていることから「ヤチブキ」とも呼ばれ春を告げる黄色の花として親しまれている。
春、雪解けとともに、先を争うかのように一斉に芽を出すバイケイソウ。成長が早く、瞬く間に特徴のある筋状の葉が成長する。北海道では、あまりにもポピュラーで目立たない存在だが、円形や楕円、時には直線に芽吹くので、少し気にしていただけると嬉しい。
オオバナノエンレイソウとニリンソウの群落。これほど見事に咲きそろう時に出会えたことに感謝している。末永くこの地で咲き誇ってほしいと願うばかりである。